大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)216号 判決

一 請求の原因一ないし四は当事者間に争いがない。

二 開放測光式カメラとその技術課題

請求の原因五、1(露出計連動方式の各種一眼レフレツクスカメラの露出決定について)は当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第五号証の一ないし四(写真工業二一巻六号株式会社写真工業出版社昭和三八年六月一日発行)、第六号証の一ないし八(日本カメラ年鑑一九六四年版株式会社日本カメラ社昭和三八年一二月一五日発行)、第七号証の一ないし八(日本カメラ一九六五年一二月号増刊株式会社日本カメラ社発行)、第一六号証の一ないし六(写真工業三〇巻四号株式会社写真出版工業社昭和四七年四月一日発行)、第一八号証の一ないし五(アサヒカメラ三八四号朝日新聞社昭和四〇年五月一日発行)によれば、開放測光式カメラが請求の原因五、1、(二)のような構造であることが原出願前周知であつたことが認められる。また、別表(一)記載のように各レンズのFの状態における明るさは、F値が大きくなるごとに二分の一ずつ逓減するものであるから(弁論の全趣旨によればこのことが周知であることは当事者間に争いがなく、そのことは同時に絞値を一目盛ずつ絞込めば明るさは二分の一ずつ逓減することを意味する。)、開放測光式カメラにおいては、F値の異なる各レンズによる受光部の測光結果が異なることになる関係上、同じ絞値にプリセツトした場合どのレンズを用いても同じ露出時間を演算するために伝達すべき絞値信号の選択ということが、原告が請求の原因五、1、(三)で主張するとおり、原出願前において当業者の共通の技術課題であつたということができる。

三 露出計演算の原理

請求の原因五、2、(一)ないし(五)は当事者間に争いのないところ、右は本願の開放測光式カメラにおいて、本件補正事項のように絞連動作用部材の変位を個々のレンズに共通する一定の起動点から移動させる構成を採択したうえ、受光部において明るさに比例した電流値が生じ、プリセツト絞値を絞値一目盛ごとに二分の一ずつ抵抗値を減ずる可変抵抗器を用いて伝達することとした場合の露出時間演算の原理である。

ところが、成立に争いのない甲第二号証(原出願当初明細書)によれば、当初明細書には、露出計連動機構について、各レンズのFの状態における明るさがF値が大きくなるごとに二分の一ずつ逓減するのに対して受光部を流れる電流は全体として等差級数的に変化し(例えば一定電流値ずつ減少する)、絞値が一目盛多くなるごとに明るさが二分の一ずつ逓減するのに対して摺動子によつて規定された可変抵抗器を流れる電流値は等差級数的に変化すること(例えば一定電流値ずつ増大する)、このように電流値がそれぞれ等差級数的に変化するのはあらかじめかかる電流値を得られるように受光部及び可変抵抗器が調整されているためであること、指示計器9は互に反作用性向を有するコイル9´、9´´を備えた差動型電流計であつて、コイル9´には受光部で規制されたF値に応じて等差級数的に変化する電流が流れ、他方のコイル9´´には絞値に応じて定められた等差級数的に変化する電流が流れ、差動型電流計である指示計器の指針が右両コイルに流れる電流値の差の分だけ振れ、プリセツト絞値に対する露出時間の演算結果を示すことが記載されていることが認められる。

しかし、本願の開放測光式カメラに、当初明細書に記載されているこのような露出計連動機構と本件補正事項である絞連動作用部材の変位を個々のレンズに共通する一定の起動点から移動させる構成を採択し、コイル9´9´´に流れる電流値の級数差をいずれも同一値とすれば、どのレンズを用いても同じプリセツト絞値については同じ電流値の差が生じ、前記のような原告主張の原理同様、同じ露出時間が演算されることになるのは明らかなところである。

四 本件補正事項の周知性について

1 原告主張の別件発明の構成(請求の原因五、3、(四))は当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第一七号証(特公昭四六―一〇四七七号公報。昭和三七年一二月六日東京光学出願、昭和四六年三月一七日出願公告)によれば、別件発明を記載した特許公報には、開放測光式カメラにおいて、交換レンズのプリセツト予定絞設定環16(絞調定環)と係脱自在に協働するカメラ本体側の連動部材9bに、装着すべきレンズの開放側に向つて一定位置まで回動復帰するような習性を持たせてあり、したがつて、レンズが取外された状態では右連動部材はレンズの開放側に向つて一定位置(限界位置)にあること、レンズがカメラ本体に装着されるときには、開放位置にあるレンズの予定絞設定環は絞開放位置(別紙図面(四)第2図において右設定環が鏡筒に対し左旋回限界位置にある状態)、にあつて、そのピン16aが右のように一定位置にある連動部材に係合すること、レンズを装着した後予定絞設定環をプリセツトするため絞値に応じて右廻りに変位していくと、カメラ本体側の連動部材は予定絞設定環のピンに押されて右設定環の変位にしたがつて移動し、その結果、後記のように紐と滑車の組合せによりレンズのプリセツト絞値が伝達され、これに対応して露出計への指示が自動的に制御され、装着したレンズのF値いかんにかかわらず同じプリセツト絞値については同じ露出時間を演算していること、この装置ではプリセツト絞値を伝達する手段として、シヤツター速度調節機構と連結する紐13、15と滑車12、14、歯車11を組合せる機械的な方法を採つており、この方法により露出計における各レンズのF値による電流計の指示補正としてプリセツト絞値に応じて電流計自体を廻わすようにしているが、このほか開放測光式カメラにおいてプリセツト絞値を伝達し右の電流計を指示補正する手段として後に述べる本願の実施例のように可変抵抗器を露出計回路内に挿入しその摺動子を動かしてプリセツト絞値により所定の抵抗値を選択する方法もあることがそれぞれ開示されていることが認められる。これによれば、別件発明では、開放測光式カメラにおける露出計連動方式で本件補正事項同様「絞連動作用部材の変位を、個々のレンズに共通する一定位置の起動点から移動させる」構成を採択し、紐と滑車の組合せによる機械的手段によりプリセツト絞値を伝達しているものということができる。

2 ところで、前掲甲第一六号証の一ないし六及び後掲甲第二〇号証によれば、原出願前である昭和三八年三月頃、東京光学は開放測光式カメラであるREスーパーを発売し、昭和四七年に入つてこれを改良した開放測光式カメラである「トプコンスーパーD」(以下「スーパーD」という。)を発売したが、スーパーDのレンズのマウント、露出計連動機構は全くREスーパーと同じで、REスーパー用の全レンズがそのままスーパーDにも使用することができること、スーパーDの露出計連動装置には別件発明が実施されていることが認められる。また、前掲甲第五号証の一ないし四、第一八号証の一ないし五、成立に争いのない甲第一三号証の一ないし四(アサヒカメラ通巻三六二号朝日新聞社昭和三八年七月一日発行)によれば、昭和三八年六月発行の雑誌「写真工業」、同年七月及び昭和四〇年五月発行の雑誌「アサヒカメラ」にREスーパーが紹介され、それに使用されているとして右各証に記載されている露出計連動機構図が別件発明の露出計連動装置と同じであると認めることができる。

右認定の事実によれば、原出願前発売されていたREスーパーには別件発明の露出計連動装置がそのまま実施されていたものということができる。

3 しかも、成立に争いのない甲第四号証によれば、REスーパーに装着される別表(三)の1ないし4の四種の交換レンズのFの状態における指標から絞連動作用部材の距離を測定したところ、同表のとおり、ほとんど同一であるとの実測結果を得たことが認められる。しかして、成立に争いのない甲第一四号証の一ないし四(アサヒカメラ三八六号朝日新聞社昭和四〇年七月一日発行)、第二〇号証(当裁判所の調査嘱託に対する東京光学の昭和六一年一月一八日付回答書)(但し後記採用しない部分を除く)、第二一号証(原告訴訟代理人吉村悟に対する東京光学の同年四月九日付回答書)によれば、前記別表(三)の交換レンズのうち2及び3のレンズが原出願前にREスーパーの交換用レンズとして発売されていたものと認めることができる(この認定に反する甲第二〇号証中二(二)の記載は採用することができない。)。

前記別表(三)の交換レンズのうち1及び4のレンズについては原出願前発売されていたことを認めるに足りる証拠はないが、右認定の事実によつても原出願前に発売されたREスーパーではF値からの絞連動作用部材の変位を個々の交換レンズに共通する一定の起動点から移動させる別件発明の構成を採択していたことを裏付けることができる(なお、別表(三)の2及び3のレンズの実測結果に差はみられるが、前掲甲第四号証によれば、原告が請求の原因五、3、(二)において主張するように、右の差は許容し得る誤差範囲内にあるものということができる。)。

4 更に、前掲甲第一八号証の一ないし四によれば、日本光学株式会社も原出願前である昭和四〇年七月頃ニコマートFT(FS)と称する開放測光式カメラを発売したが、右カメラもREスーパー、スーパーD同様絞連動作用部材の変位を各レンズに共通する一定の起動点から移動させる本件補正事項の構成と紐と滑車の組合せによるプリセツト絞値の伝達手段を備えていたものと推認される。

5 右に認定したように、これら開放測光カメラにおいて個々のレンズについて絞連動作用部材がすべてF値即ち最大開放値から一定の位置にあるように構成されている理由について考えるに、絞値目盛が倍数的変化に応じて(一目盛絞るごとに明るさは二分の一ずつ逓減する。)規則的に付せられているから、共通する起動点からの絞込みにより各レンズのF値に応じ絞値の伝達も機械的又は電気的手段により規則的に行うことができ、その伝達により、受光部の測光結果(これも倍数的に変化する)を補正し同じプリセツト絞値について同じ露出時間を演算する機構を容易に構成できることによるものと解される。

そして、前叙のとおり、原出願前開放測光式カメラでは前記二、2の事項が当業者にとつて解決すべき共通の技術課題として認識されていたところ、前認定のとおり、原出願前発売されていたREスーパー及びニコマートFT(FS)は、本件補正事項の構成、即ち、「絞連動作用部材の変位を個々の交換レンズに共通する一定の起動点から移動させる」構成を採択し、紐と滑車の組合せによりプリセツト絞値を伝達する方法によつて右技術課題を解決したのである。

6 以上述べたところによれば、右のような方法によることが、原出願前当業者間において、前記技術課題解決のための周知の技術であつたものと認めることができる。

五 前掲甲第一七号証によれば、開放測光式カメラにおいて、本件補正事項の構成を採択した場合、プリセツト絞値の伝達が紐と滑車の組合せによるか、可変抵抗器の電気的信号によるかは原出願前において既に当業者間では設計事項であるとされていたものということができる。

そうであれば、原出願前「開放測光式カメラ」といえば個々のレンズのFの状態(開放位置)から絞込みにつき、本件補正事項を備え、右のプリセツト絞値の伝達手段を設計事項とする露出計連動機構を有するものを指すということができる。したがつて、前掲甲第二号証(原出願当初明細書)によれば、当初明細書には発明の名称として「レンズ交換可能な一眼レフレツクスカメラに於ける絞と露出計との連動装置」と記載され、発明の詳細な説明には「被写界の明るさを検出する受光素子を撮影光路中或いはフアインダーピントグラスの後方に配置した内部受光式測光方式(TTL方式)をもつて絞開放下での露出決定を行うようなレンズ交換可能の一眼レフレツクスカメラでは……」(一頁一五行ないし一九行)と記載されていることが認められ、かつ可変抵抗器を内蔵する露出計連動機構に関する記載がある以上、当初明細書は可変抵抗器を用いる本件補正事項を備えた露出計連動機構を前提としているものということができる。

もつとも、前掲甲第二号証によれば、原出願発明は開放測光カメラの受光部の位置によつて生ずる測光誤差を補償するため、レンズの焦点距離に応じてその起動点を異ならせている技術に関するものであつて、当初明細書中被告が指摘する箇所もこの点に関する記載であることが認められる。右記載によれば、当初明細書には本件補正事項の構成とは逆に各レンズについて起動点を異ならせることが示されている如くみられる。しかし、当初明細書の記載全体に照らせば、原出願発明は、開放測光カメラにおいて各レンズの絞連動作用部材の起動点が一定であるとの本件補正事項が基本的構成であることを当然の前提とした上でこれを改良しようとするものであつて、被告が指摘する前記記載もこの前提そのものを否定する趣旨でないことは明らかである。

右に述べたように当初明細書において当然の前提とされた本件補正事項は、前認定のとおり原出願前当業者間に周知であつたのであるから、当業者がこれを正確に理解し、容易に実施できることはいうまでもない。そうであれば、被告主張のとおり、当初明細書には本件補正事項は明記されていないが、特許法四四条の分割出願の要件の有無を判断するに当つては、その記載がある場合と同様に解するのが相当である。

したがつて、本願発明が本件補正事項をその要旨の一部とすることを理由として本願が分割出願の要件を備えていないとした審決の判断は誤りである。この点に関する被告の主張は、右に説示したところに照らし採用することができない。

六 審決の右判断の誤りは本願に特許法四八条の三第一項、第四項の適用があるとしたその結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、審決は取消を免れない。

よつて、原告の本訴請求を正当として認容する。

〔編註〕 本件における原出願発明および補正に係る発明の要旨は左のとおりである。

原出願発明の要旨

内部受光式測光方式レンズ交換可能な一眼レフレツクスカメラに於て、絞開放下での測光に際して調定される絞値条件を、測光指示動作に変位量をもつて附加する作用部材を各交換レンズに夫々設け、該作用部材を絞値調定部材に連繋して変位駆動させるに於てその変位起点を基準となる撮影レンズに対する各交換レンズのフイルム面照度並びに絞開放下での露出計受光部に於ける基準レンズと交換レンズとのEV差に応じて調定し、各交換レンズごとの測光指示動作が適正露光となるようにしたことを特徴とするレンズ交換可能な一眼レフレツクスカメラに於ける絞と露出計との連動装置。

昭和五九年三月二一日補正に係る本願発明の要旨

内部受光開放測光方式のレンズ交換可能な一眼レフレツクスカメラにおいて、各交換レンズのプリセツト絞用の絞調定環上に目盛られる倍数的口径比による絞値目盛配分を、個々の絞り込み結果におけるフイルム面の明るさの実効値に従つたEV値に相応する目盛配分で目盛り、且つ上記倍数的口径比による絞値ごとの絞り込みがレンズに対しては、その幾何学的口径比による開口径を与えるようにし、前記絞調定環に設けた絞連動作用部材を該絞調定環の回動とともに変位させ、個々のレンズの開放位置からの絞り込みによる絞連動作用部材の変位を、個々の交換レンズに共通する一定の起動点から前記EV値に相応する目盛配分に従つて移動させ、この移動による絞連動作用部材の位置を、カメラ本体内に組み込まれる露出演出部へのプリセツト絞値の信号として伝達させることを特徴とする絞と露出計との連動装置。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!